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事件屋稼業

気持ちに素直に日々を書いていきます

米国大統領選〜セオドア・ルーズベルトを評価すること

米国大統領選が混迷の真っ只中にあります。これとは関係がない文脈で、歴代大統領の中でも評価・人気の高いセオドア・ルーズベルト(第26代大統領)の名言を読む機会がありました。こちらです。

批評家には価値がありません。強い人間のつまづきを指摘したり、立派な仕事をした者にもっとよくすべきだったとケチをつける人間も同様です。
真の称賛は、実際に戦いの場に立って、泥と汗と血で顔を汚し、勇敢に戦い、過ちや失敗を繰り返す人間に与えられるべきです。なぜなら、努力には失敗や過ちは必ず付いて回るからです。

彼は、物ごとを成し遂げるために全力を尽くします。偉大な情熱と偉大な献身を知っています。価値ある大義のために全力を傾けます。うまくいけば最後に大勝利を収めます。失敗するとしたら、その時も敢然と戦いつつ敗れます。

だから、そういう人間を、勝利も敗北も知ることのできない無感動で臆病な魂とは、断じて同列に並べるべきではありません

この文章は、赤坂の小沢一郎事務所にも飾られていたということです。

こういった文章を書いたセオドア・ルーズベルトの生涯とはどんなものであったのか、興味を持ってwikipediaを読み込んでみました。

セオドア・ルーズベルト - Wikipedia

これを読む限り、彼は「大義」のために「利己心」を徹底的に排除して行動するという人生を貫き通した人間であったと言えるようです。

彼はその精力的な個性、成し遂げた業績と合衆国の利益、国の発展期に示したリーダーシップと、「カウボーイ」的な男性らしさでよく知られる

・・・

彼はまた政治家としての業績と同じくらい、軍人、作家、狩猟家、探検家、自然主義者としての名声も併せ持つ。

その行動性は、幼少期に病弱であった過去からも培われたものでもあったようです。

裕福な家庭に生まれたルーズベルトは、博物学好きで喘息に苦しむ虚弱な子供であった。彼は体力の無さに応じて生涯の奮闘を決心した。彼は自宅で学習し、自然に情熱を抱くようになる。

・・・

「私が覚えている限り、それらは全く平凡であった。私はかなり病弱で、かなり臆病な小さい少年だった。そして、とりとめのない読書と博物学が非常に好きで、どんなスポーツにも優れなかった。私は喘息のため学校へ行くことができなかった。神経質で、自意識が強かった。私の記憶では、私の信念はリーダーシップの点で普通の遊び仲間よりかなり下にあったと思う。しかしながら、私には想像的な気質があり、これは時々私の他の短所の埋め合わせをした」(本人の手紙)

「想像力」を高く持っている人間が、利己心を超えて大義のために生きるという判断に至ることは、当然の帰結かもしれません。それによって、彼は自ら行動者として生き抜くことができたと言えるのだと思います。

一方で、彼の「想像力」の及ぶ世界、すなわち「大義」というものには、人間として当然のことながら自らの環境から生まれた価値観から脱することはできておらず、米国という彼が守るべき秩序・世界のみに向けられていたということもできるようです。これは、彼の保守的な"インディアン"対応にも現れているように思えます。

・・・故郷アイダホからワシントン州に強制連行されたままのネ・ペルセ族の窮状について、世論の批判が高まっていたのに対してまったく放置した。ギボン将軍が後押ししたジョセフ酋長の嘆願も、まったく無視し、死ぬにまかせた。「ノーベル平和賞」を受賞したルーズベルトだが、インディアン民族に対しては歴代大統領の絶滅政策を支持していた。

・・・

「私は、"死んだインディアンだけが良いインディアンである"とまでは言いませんよ。しかし、私は10人インディアンがいたとして、そのうち、9人まではそうじゃないかと思っています。それと、私はあまり10人目については真剣に考える気になれませんね」

つまるところ、彼の「大義」は世界の進歩や人々の幸福といったものに向けられてはおらず、米国という秩序を守るという義務感に捧げられているものであった、ということなのかもしれません。それは、次のような彼の発言でも明らかになっています。

「元首は、ただ単に数多い公僕の中の最も重要な一人に過ぎない。元首は、まさにその善行や悪行、国民全般に対し忠誠心があり、有能で不偏不党な奉仕を為す上で効率的であるか不効率であるか、その程度に応じて支持されまた反対されるべきものである」

冒頭の発言は1910年、彼が大統領を辞任した後の演説の中の一節ということです。少なくとも、自分自身の信じた大義に従って生きたという満足を抱いて、彼は生涯を送ることができたのだと思います。それは、同世代の人のみならず、後世の人をも引きつけるものです。

現状、トランプがあれだけ米国の利益を損なうリスクがありながら、ヒラリーと支持率が拮抗しているという事実は、「人は、自分の信念に一貫性のある人の発言のみを信用する」という簡単な法則が当てはまってしまっているのだと思います。人間は経済合理性に基づいて動く、という考え方は、古いようでいて新しい現代に近い思想から生まれる思い込みであって、全くと言っていいほど、実世界には当てはまらないものなのだと思います。

僕自身は、信念を持った思考力・想像力の低い人間(それでいて自らは高いと思っている人間)は、世の中にとって最も害をなすと考えていますので、(害をなすことに変わりはなさそうだといっても)消去法的にヒラリーを支持します。米国民・世界中の人々のために、トランプの落選を祈っています。